松下幸之助 起業の地

歴史を偲ぶ

顕彰碑
顕彰碑

 弊社、株式会社プラットフォーム・オブ・ジャパンの本社所在地であります、大阪府大阪市東成区は、現在、京都伏見の日蓮宗「深草山 宝塔寺」の別院であります。

 この地は、最近になって松下電器産業株式会社の創業者であられます、松下幸之助氏が、1917年 6月、東成郡(現、東成区)猪飼野の借家で、これまで勤めた大阪電灯から独立し、松下式ソケットの製造販売で創業した地である事が知られました。

 若干22歳で起業し、1918年松下電気器具製作所創立まで当地でスタートを切り、世界の松下電器産業まで上りつめたという、ゆかりの地であります。

 過日、2004年11月23日、当地門前に松下電器産業株式会社、松下電器歴史館長様他、関連ご担当者様立会いの下、「松下幸之助 起業の地」の記念碑が建設されました。

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碑文

碑文
碑文

此付近 松下幸之助起業の地
 旧地名・大阪府東成郡鶴橋町大字猪飼野一三九九・一四〇〇番地
 現地名・大阪市東成区玉津二丁目7および14

 松下電器産業を興し「経営の神様」と称された故・松下幸之助氏(明治二十七年〜平成元年)は現・和歌山市の生まれ。
 九歳で母のもとを離れて大阪に出、丁稚奉公を経て十五歳で大阪電灯株式会社の配線工となりましたが、大正六年二十二歳の時、自ら考案した「松下式ソケット」を事業家するため会社を退職、この場所で独立の一歩を踏み出しました。

 四畳半と二畳の借家の小さな工場で、幸之助夫妻と義弟の井植歳男氏(後の三洋電機創業者)が工夫と努力を重ね、多くの困難を乗り越えて、やがて世界的大企業とする基盤はここで培われていったのです。

 東成・生野(旧・猪飼野)は古代から先進的な技術者の集まった土地で、この地の『もの作り文化』は現代にいたるまで数々の独創的な企業を生み、大阪の経済発展に大きな役割を果たして来ました。
幸之助氏がここで業を興したのも、東成・生野の地に新しい産業を受け入れるだけの、多くの先人が耕した豊かな土壌があったからにほかなりません。

 本年は松下幸之助氏の生誕一一〇年に当たります。
この偉大な企業家をこの地域の「もの作り文化」の象徴・わが町の誇りとして、起業の地に顕彰碑を建立いたしました。

平成一六年十一月 「松下幸之助起業の地」顕彰会

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